修士論文―社会人編

研究・教育
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導入

本日は、大学院と社会人に関する投稿のパート3として、「修士論文ー社会人編」のテーマで情報発信します。そもそも、修士論文執筆において、院生の属性ー社会人、新卒院生、定年後のシニア院生等々ーは全く関係ないことに留意して下さい。そのため、本日の内容は、社会科学系の大学院博士前期課程(マスター)への進学を考えておられる方、既に進学して修士論文について考えておられる方、すべて共通の部分があります。まずは共通する部分について指摘します。その上で、社会人の皆さんが特に留意しておくべき点を最後に書くことにします。

修士論文の重要性

社会科学系の大学院博士前期課程(マスター)における最大の教育目標は、修士論文完成です。マスター2年間でやるべきことは、自分の専門分野及び関連する分野について見識を広め(M1時)、自分の興味・関心のある内容を深堀するべく様々な文献を調べ(他大学図書館、場合によれば海外の図書館から文献を取り寄せ)、分野によれば実態調査やアンケート等を行い、修士論文の形式で自らの大学院での成果を遺憾なく発揮することでしょう。修士論文の執筆は、制度的にM2からという大学もありますがM1の頃から執筆していても全然問題なく、経験的に申し上げるとM2になってから本格的に始動するようだと時間的に厳しくなり、場合によればもう1年マスターに在籍することも珍しいことではありません。そして、指導に関して言えば、指導教授から内容・形式両面から指導を受けるのはもちろん、修士論文のテーマからより本質的な内容・現在の学界での状況をふまえた最先端の理論状況についても指導がされることも普通にあることでしょう。形式面ではありますが、注意すべきこととして修士論文提出は時間厳守が必須であるのはもちろん(1秒でも遅れれば事務局が受け取りを拒否します、また、大学によれば受領証を交付するところもあり、その際に提出日時まで記載されるほどです)、提出後に口頭試問という関門が控えています。口頭試問は面接みたいなイメージですが、論文のことしか聞かれません。その際、主査(通常は指導教授)と副査(専門が同じもしくは近い指導教授とは別の専任教員)から質問を受け回答することになります。口頭試問に合格してはじめて「修士(〇〇学)」という学位を取得することが可能になります。このように大学院博士前期課程(マスター)において修士論文が重要な意味を有することをご理解頂けると思います。

修士論文ー何が難しいのか

修士論文執筆において多くの院生が苦労するのがテーマ設定(正確には、修士論文の論文題目の設定)です。社会科学系の大学院博士前期課程だと、一部の指導教授は院生にテーマを与える(院生の考える余地を与えない)ことも有り得ますが、多くの場合、指導教授の専門分野とされる範囲内であればどのテーマにしようとも自由です。そして、どのようなテーマにするのかにより院生の能力・資質を伺い知ることができると言われているだけに、院生はテーマ設定に迷うことにもなります。大学教員になっても、修論のテーマは何だったのか話題になるくらいです。テーマ設定の際、理想的なのは本質的な内容に繋がるであろう個別具体的な内容の一つをテーマにすることです、その際、伝統的な分野でも新しい分野でも構いません。修士論文執筆は(卒業論文を別とすれば)はじめての論文執筆で最大2年弱、場合によれば1年程度の限られた時間しか与えられていないため、1冊の著書ができあがるようなテーマはテーマが大きすぎるので、コンパクトにまとめられるだけのテーマである必要があります。

そして、テーマに関しては、可能であれば大学院に入学する前に大まかな方向性・テーマを考えておくことが重要で是非実践してほしいと思います。これまで見ていてもったいないなと痛感したのは、テーマ設定・論文執筆をしているにもかかわらず、諸事情によりテーマを大幅に変更することです。これまでの資料がほぼ使えないような新しいテーマへの変更は時間・労力両面で無駄でもったいないのですが、概ね勉強不足・柔軟性のなさ・同じテーマで書く同期の院生がいる等の理由でテーマ変更しています。テーマ変更すると一からやり直しになるので如何せん時間に追われて書くことになりクオリティが下がりやすいですし、クオリティを維持するには時間に追われて寝食を忘れて論文執筆をしなければならないという過酷な状況になることさえ有り得ます(この場合でもクオリティがUPすることはあまりないですね)。一定の時間をかけてじっくり物事を考え、その成果としての修士論文なのですから短時間でなんとかしてやろうというのが土台無理な話なのです。そもそも、テーマ変更しなくても力量ある研究者(指導教授クラス)であれば論文を書くことはできるので、テーマ変更する前に何とかならないか再考して欲しいとも思います。

テーマの次に頭を抱えるのは、字数の問題です。学部時代に卒業論文を書いた経験のない方にとっては、はじめて本格的に論文執筆に取り組むことになるので、例えば最低2万字以上の学術論文を書くことがどれほど大変もしくはそれ程大変ではないのかを理解しにくいこともあり、修士論文執筆というだけで重荷になっているケースが散見されます。とはいえ、好きなこと、興味のあることであれば論文を書くことは多くの方にとって可能でしょう。というのも、社会科学系の学術論文において先行研究をふまえることが特に重要で、先行研究(自分と同じ内容についての研究業績である、著書・論文等)を自分なりに整理して紹介するだけで9割方の字数を割きます。自分なりの整理・紹介をする作業の中でいろいろな気づきがあることも事実で、この気づきを大切にしましょう。

留意点

先行研究の整理や紹介がメインとなるとはいえ、修士論文においては最後に自分なりの見解を表明することが必須のものとして求められることだけは頭に留めておきましょう(字数的には多くありません1割程度でしょうか)。独自性やオリジナリティーと称されるものです。基本的に、独自性やオリジナリティーのない論文は、そもそも論文としての価値はありません。厳しいですが、これが学問の基本でもあります。そのため、独自性やオリジナリティーを示すように精進しましょう。上述の気付きの部分をより深堀したものが独自性やオリジナリティになることが多いでしょう。そして、多くの論文を読むことで独自性・オリジナリティの示し方を自分なりに掴むことになります(私の個人的感覚では、独自性・オリジナリティの部分も型というかパターン化が可能なようにも思いますが、このことは今はあまり考えなくてもいいですが、ご参考まで)

次に、論文指導の場において、やたらに厳しい指導をする教員がいるかもしれません。そのような場合に助けになるのは、同じ指導教授の下で指導を受けている同期や先輩の助言であり、指導教授以外の教員の助言です。指導教授は立場上、ぬるい指導はできないという思いがあるので、往々にして厳しめな指導になりがちで、場合によればやたらに厳しい指導になることもあります。ですので、少し距離のある指導教授以外の教員や先輩・同期の何気ない助言が大変な助けになります。こういった方々が共通して語っていることが概ね真実であると理解してほぼ間違いないでしょう。ですので、同期・先輩、指導教授以外の教員とフランクに話せるようにしておくというのも大切なことです。

社会人院生ー大学院入学前の留意点

社会人院生は仕事との両立はもとより、M1時に日々の講義・演習に追われ、なかなか修士論文のことまで頭が回らない可能性があります。ですので、大学院に入学する段階で修士論文のテーマを設定し、大枠は書いておくことが望まれます。具体的には、論文の目次と冒頭の箇所、については最低限書いているくらいでないと今後苦労される可能性があります。大学に所属していないと多くの学術資料を閲覧・コピーすることは大変かもしれませんが、出身大学の図書館や近隣の大学図書館、規模の大きい公立図書館等を利用して資料を集め修士論文を大学院入学前に執筆を開始しましょう。

また、誤解を恐れずに申し上げると大学院に入学しないと修士論文の執筆ができない訳ではありません。そもそも、大学院では論文の執筆に役立つような設備・環境・制度面での充実は図られていますが、手取り足取りの論文執筆指導はされません。大きな方向性の提示であるとかテーマ設定の相談に乗ることが主となり、執筆自体は院生が自力で行うのが常です。執筆された修士論文の一部を素材に院生間で議論をします。つまり、修士論文の執筆自体は院生でないとできない訳ではないのです。むしろ、大学院入学時点で修士論文が半ば完成された状態であれば、よりクオリティをUPさせることができます。そして何より、院入学前に論文執筆を通して自分には研究することが向いているのか否か、向いているとして本当に興味・関心のある分野が何なのかが明確になります。修士論文の執筆が入学前にできるくらいであれば余裕をもって大学院教育を受けることができますし、入学時の諸々の書類も負担なく書くことができるようにも思います。

そのため、いきなり大学院に入学するのではなく、大学院の科目等履修生や聴講生(可能なら研究生)の形で大学・大学院の施設を利用できる立場になり、大学院に入学する前に修士論文だけはコツコツと書くことも検討されてもいいように思います。

社会人院生ー大学院入学後の留意点

社会人の皆さんにとって重要となるであろう、①修士論文の内容面と②修士論文提出時期の2点について指摘します。まず、修士論文の内容面ですが、社会人の皆さんは仕事と両立しておられるということで、実務的な内容・職務に関連する内容である必要があるのでと迷う方があるかもしれませんが、そのような心配は無用です。純理論的な内容でも構いません。また、入学時に職務に直接的・間接的に関連する内容を研究したいということで入学した場合などはより悩まれるかもしれませんが、人間の置かれた状況は刻々と変化するものなので、指導教授なり周辺の院生が納得するような理由があれば、当初は職務に関連する内容を考えていたけれど、純理論的な内容を極めたいと思ったというような宗旨替えは、特に気にする必要もありません。

次に、修士論文提出時期について指摘します。博士後期課程(ドクター)への進学希望(ひいては大学教員への転進希望)があるのなら、ムリムリ修士論文を2年間で書ききりマスターを修了しなくてもよいという点にご留意ください。というのは、修士論文をいったん提出すると、点数が付けられます。その点数は不変です。多くの大学では、一定の点数以上を獲得しないと博士後期課程への進学が認められていません。ムリムリ苦労して修士論文を提出して博士後期課程への進学を考えていたとしても、修士論文の点数が不変なのですからもはや後の祭りです。いかに博士後期課程進学のための入学試験でいくら頑張ってもその大学院で合格を勝ち得ることは事実上不可能になります。こうなるくらいなら、M3かM4として大学院に在籍しじっくりと修士論文に取り組んだほうがましだったということになります。

追加

 修士論文を書くにあたり、2021年5月24日に投稿した「論文執筆ー広い視野で俯瞰しよう」も参考になるかもしれません。https://www.syagakuken.com/articles-hiroisiya/ をご参照頂ければ幸いです。

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