三浦綾子著「氷点」を読んでー研究者と読書

研究・教育
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読書

 本日は、三浦綾子氏のデビュー作にしてその名を文壇に轟かせた「氷点」について見ていきます。

 私ども社会科学系研究者は、研究するために専門書や論文と格闘する毎日です。また、学生教育のためにも多くの体系書(専門書)にも目を通しています。上記の研究・教育に加えて大学行政(委員会業務等)や地域貢献が職務として求められているだけに、なかなか自分の読みたい本を読むという意味での読書のための時間は取りにくいのですが、それでも元々本が好きだ、という先生は多いですね。

 院生の頃も何かと忙しいと思いますが、私が院生であった頃に一つの著書と巡り合いました。三浦綾子著「氷点」という本であり、たまたま院生研究室に長年置かれていた本でしたので手に取り読んだところ、引き込まれて一気に読んだことを鮮明に思い出します。原作本として現在入手できるものは、三浦綾子「氷点 上」(角川書店、2012年刊、本体価格640円+税)、三浦綾子「氷点 下」(角川書店、2012年刊、本体価格640円+税)です。上下に相当する部分のKindle版もあります。上下で一応の簡潔をみます。冒頭に貼り付けていたものです。

 自分の専門分野の研究が非常に重要で時間のかかることは十分に承知していますが、ふと興味のある本に遭遇すれば手に取ることも大切なことです。直接的に自分の研究に繋がることは少ないかもしれませんが、中長期的視点からすればいろいろな本を読むことで自らの視野が広がり、頭を活性化させてくれます。そういう意味では、図書館で自分の専門外のところで意外な発見があるかもしれません。では、私の場合はどうだったのか、以下に述べておきます。なお、ネタバレありですので、三浦綾子「氷点」の内容を知りたくない方はご注意を。

三浦綾子「氷点」ーネタバレあり

 昭和38年、東京オリンピックの前年、朝日新聞社が実施した1000万円の懸賞小説に選ばれた小説です。文壇ではほぼ無名であった三浦氏の小説が選ばれたこと、1000万円という膨大な金額(現在だと億単位でしょう)であることだけでも話題性十分でしたが、内容面でも大変優れたものであり複数回にわたり映画・ドラマ化がなされました(現在、入手できるものは最後にまとめました)。私は旧NET(現テレビ朝日)が昭和41年に制作したドラマ(13回にわたる連続ドラマ)を見たことがあります。ドラマの主演である新珠三千代氏、共演者の芦田伸介氏、共演者で当時はまだ若手女優の内藤洋子氏(元女優の喜多嶋舞氏は内藤氏の実娘)の演技に魅せられ(他にも素敵な男優・女優さんがたくさんいるのでとりあえず上記の3名をあげました)ました。俳優陣の各回における重厚な演技、最終回には陽子に何とか助かってほしいと思わせる優れた演技であったことを指摘したいと思います。このドラマはほぼ原作に忠実に制作されていました。また、作者がイメージする陽子は内藤洋子氏が最も近いのではないかとも思いました。

 さて、小説「氷点」では、(私の読む限りですが)戦後すぐの北海道の旭川が舞台となっていますが、戦後すぐの厳しい生活状況はあまり描写されていないのも本書の特徴です。冒頭、病院長夫人(辻口夏枝)と人妻であることを知りながら、夏枝を好きになったらしい、夫の病院の医師(村井医師)が、自宅で会っているところからスタートします。その時、家には子供もお手伝いさんも外に出ていたのでした。夏枝は美人の誉れ高く、結婚後、言い寄ってくる男性がいることやその状況を楽しんでいたのでした。ところが、二人があっている際に、外に出ていた娘(ルリ子:一度、家に帰ってきますが、村井と二人でいたいがために外に行きなさいと言いますが、ルリ子からママなんて大嫌いと言われて、外に出ていきます。その後、運悪く、追い詰められていた佐石に遭遇し、〇害されてしまいます。すぐに犯人は逮捕されますが警察署内で自〇します。病院長である辻口啓造は、なぜルリ子がこういうことになったのか、直前に妻・夏江と自分の病院の医師である村井が密会まがいのことをしていたことを突き止めます(但し、二人の間に不貞関係はありませんでした)。辻口院長はショックを受けますが、夏枝夫人は養女を迎え入れたいと夫の辻口院長にねだります。他方の辻口院長は、ルリ子事件の実質的な犯人は、佐石・妻の夏枝・村井医師の三人であると考え、妻・夏枝に復讐しようと試みます。その方法は、妻・夏枝に犯人の佐石の子供(娘)を育てさせ、10年以上経過した段階で、自分が育てた子供が犯人の娘であることに気付き地団太踏んで悔しがればいいという恐ろしい企みの下、佐石の子供が預けられていた施設の嘱託医師で学生時代から懇意にしている高木医師に「汝の敵を愛せよ」を実践したいのだ(真っ赤なウソ)と虚言を弄し、佐石の子供(女児)を養女にすることになります。女児を夏枝に引き渡す際、高木医師はご自身の子供と思って育てるようにと厳しく言い伝えますが、夏枝は真の両親を知りたがります。その際、高木医師は大学生と下宿先の奥さんが情交関係を結び、その結果生まれた子供ですよと冗談のように話します。養女には陽子という名前が付けられ、これからは主に被害者家族である辻口家に養女として引き取られた辻口陽子を軸に展開しています。陽子はある意味、人としての理想的な生き方を実践しているように読めます。どんな嫌がらせにも(布地の色を間違えて注文する、給食費をくれない、卒業式の答辞で紙を白紙にすり替える等)決して屈することなく自らの努力と臨機応変な対応により乗り越えていきます。しなやかな強さを内に有する、賢明で理想的な人間として描かれています。しかしながら、その陽子が高校生になり兄の友人・北原と懇意になると、母・夏枝は長年にわたる鬱憤を晴らすかの如く、最終的に北原に陽子が殺人犯の娘だと言い放ちます。陽子は、自らが養女であることに薄々気付いていたものの、夏枝の娘を殺した殺人犯(佐石)の娘であることに大いなる衝撃を受け、人として取るべきではない最悪の手段を選択してしまいます。その際、陽子は自らが罪人の子であることが耐え難いこと、仮にそうではなかったとしても自らの中に罪を犯す可能性があることに気付き・絶望します、そして罪への赦しを切望しています。陽子の書いた遺書にここら辺のことが詳しくかかれています。これが本小説のテーマとなっている、人間の原罪と赦しかと思われます。

三浦綾子「氷点」の魅力と自らが得たもの

 「氷点」はまさに三浦文学の金字塔であり、その魅力は人間が誰しも有する「原罪」と「赦し」に関する部分が特筆されるところではありますが、同時に、当時ベテランの作家でも舌を巻いたといわれるほどの心理描写の巧みさも見逃すことはできません。表面的には病院長一家で何ら不自由のない生活をしているようにみられる辻口家ですが、その実態はそれぞれが内に大きなものを抱えて(誰にも相談することもできずに)苦しんでいるのです。ここら辺の事情を巧みな筆致で描写しているあたりは、一気に読ませます。名著たる所以でもあります。

 社会科学が対象とする社会は、人間により形成されています。社会を動かすのも人間です。そのような中で、社会科学を研究する立場だとつい理念的・理想的な議論に走りやすいことを痛感します。しかし、人間を抜きにした学問は現実には使い物にならないことは、例えば、社会主義という政治的・社会的・経済的実験が無残にも失敗したことからも明らかです(給料が変わらないのなら、現状を変革することを避けるのが人間というものでしょうし、人間の狡いところに蓋をしていた経済理論は批判されるべきなのでしょう)。人間のもつ真摯さ・誠実さ・正しくありたいと願うこころと同じく嫉妬・恨み・怒りといった感情をも有するのが人間です。「氷点」を読むことで、陽子の様な生き方ができればと思うとともに、陽子以外の人物の内面における心理描写こそが人間そのものの真の感情であるとも思いました。

 そして、(北原以外は)誰もが当然のことと信じて疑わなかった陽子の出自が(本人でさえ当然の前提にしていたことが)まったくもって違うという最終段階における記述を読み、重要なことは何回も確認すること、その確認はそれを裏付けるものがあってはじめて意味を有するという研究者にとって当たり前のことを再認識させてくれました。真実らしくあってもそれが真実なのかという点に対してもう一度謙虚に振り返るという学問的真摯さ・真の意味の批判的精神の重要性は日常生活にも点在していることを教えてくれているようにも感じます。

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