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研究者と専門分野
本日は、研究者志望(主に、大学教員志望)の方々にとって、自らの専門とする分野をどのように決めるべきなのかという点について述べていきます。綺麗事ではなく、現実をふまえた決定方法について十分に理解した上で個々人の適性・状況をふまえた上で後悔のない選択をして欲しいのです。率直なところ、専門分野の選択に失敗すると大変苦労することになります。そして、逆も真なりです。この点を十分に意識せずに大学院に入学して、博士の学位取得が具体的になり、大学教員としての就職がちらつく頃に、自らの専門分野の決定に後悔する方も出現します。実際、そういう方が何人もいました。
大学教員をはじめとする研究者は、現実はともかく理念的には研究することが第一の仕事とされます(教育や大学行政・社会貢献も重要ですが、少なくとも全く研究しないでも良いという大学は有り得ませんし、全く研究しない大学教員はクズ教員確定です)。研究の対象は、自らの専門分野となります。研究者はそれぞれの分野(学問分野)の専門家(スペシャリスト)で、定年まで自らの専門分野の研究を継続し、深めていきます。時代と共に自らの専門分野が深まるとともに広がることも有り得ますが、大きく専門分野を変更することは許されません。例えば、経済学部で経済理論を専門とする先生が、ある日突然、経済理論に全く関係のないドイツ文学の研究ばかりすることは許されないであろうことはご理解いただけましょう(もちろん、専門家及び専門家以外に対して説明可能な程度の何らかの繋がり・合理的な関連性があれば、一見無関係に見える分野でも研究することは許されます)。このように、研究者にとってそれぞれが専門分野を有します。換言すると、学問の専門性は研究者にとって譲ることのできない一線である、学問の本質は専門性にあるとも表現できます。そして、専門分野ごとに物の見方・考え方が大きく異なることもあるので、(同じ学部の先生間であっても)専門分野が違うとカルチャーが違う場合も珍しくはありません。
大学院入学にあたり
このように自らの専門分野をどのように決定するのかについては、大変重要です。まず、大学に入学した皆さんであれば、どの学部に入学したのかという点で専門分野の大枠が既に定まっています。私も大変悩みましたが、どの学部に入学するのかは大学受験生諸君にとっては今後重要な意味をもつので、じっくりと考えた上での学部選択が望ましく、安易な選択だけは避けて欲しいと思います。
そして、通常は、2年次~3年次から開講される演習もしくは専門演習(いわゆるゼミ、セミナー)でどのゼミに配属にされるかでおおよその専門分野が固まり、ゼミの先生の指導を大学院でも仰ぐというのが理想的です(演習・専門演習に関しては、後日に詳論します)。もっとも、同じ学部でゼミとは違う分野を専攻することになった大学教員も存在しますが、少なくとも、大学院入学試験(院試)を受験する段階では、自らの専門分野を明確にする必要があります。できればゼミ選考遅くとも院試準備を開始するまでには自分の専門分野を決定することになりますが、あまり時間がないというのも事実です。
社会科学系の学部として、仮に法学部、経済学部、経営学部を例にとりますが、法学・経済学・経営学ともにその中で様々な専門分野があることが少し調べれば分かるでしょう。伝統的な専門分野から新しい専門分野まで様々です。研究者志望の皆様は、自らの適性・大学における事情(その大学で強い分野と弱い分野が有り得る)などを総合的に考慮した上で、自らが研究者として研究しようとする分野を選択する必要があります。この選択をする際には、以下の点に気を付けて欲しいのです。
専門分野の決定方法(基本)
ご自身の専門分野を決定するにあたり、当たり前のことですが、まずはご自身が興味・関心を抱くことのできる分野であることが重要です。興味など欠片もないけれど、今の流行りだから、カッコよさそうだから、友達と同じ方が便利だから等の理由で選択するとあとで自分が苦しみます。可能であれば自らの強い知的好奇心を刺激されるような分野であればなお望ましいと言えましょう。ただ、自分の興味・関心だけでで決定してしまうと、後年になり話が違うではないか、ということになりかねません。
専門分野の決定方法(留意点)
研究者を志望する方は、少なくとも大学専任教員になることが当面の大きな目標だと考えます。即ち、研究することを職業とし、大学から生活するだけの給与が支給されるポストを獲得すること、が当面の大きな目標だと考えます。というのは、ポスト獲得ができなければ、経済的にも精神的にも大変厳しい生活が続くからです。文系ではポスドク・非常勤講師生活(いわゆる専業非常勤生活)を何年にもわたり継続することになります。数年だけならまだしも5年以上もポスト獲得が出来なければ、意欲面でも衰えてしまい論文執筆をしようという気力が萎えることも珍しいことではないのです。とはいえ、自信に満ち溢れた学生諸君は、自分には関係のない能力のない者の話だろう、自分のように優秀な者は困難な分野であっても楽勝でポストを獲得すると確信しているかもしれません。
しかしながら、現実的には需要のある専門分野から気の毒なほどに需要がない専門分野まで存在します、えげつない位に。ポスト獲得のための最も有力な手法である大学教員公募の現状について具体的に知る手法として、国立研究開発法人科学技術振興機構様が行っている、(大学専任教員を中心とする)求人公募情報検索サイト、通称jrecinを閲覧するとよいでしょう。専門分野による差異を具体的に把握できるでしょう。
一般に良く知られた話としては、(人文科学系ではありますが)哲学を専門分野とする院生の就職は大変厳しいということを指摘できます。日本を代表する国立大学(≒京都大学出身者)であっても、哲学専攻なら大学関係でポストを獲得するのは10年に1人の逸材だけで、大学受験の予備校講師になる例もかつては結構ありました(今や、少子化で予備校講師の口もそう簡単ではありません)。現に50歳を過ぎて非常勤講師を10コマほど掛け持ちして食っているという例もあります。他方で、社会科学系は一般的に概ね大学教員のポスト獲得は困難ではなく、大学院で博士の学位を取得し、数本程度(最低3本以上)の論文があれば博士号を取得する20代後半から30前半までにはポストを獲得できることが多いという分野も存在します。もちろん、社会科学系でも大変就職が厳しい分野も存在します(意外なところでは、政治学が厳しい。法律学と政治学は隣接分野ですが、天と地ほどの差があります)。大学院入学前にこのような就職状況が分かっていればいいのですが、そうでなければもはや後の祭りです。就職が極めて厳しい分野におけるポスト獲得には(ポスト獲得が不可能ではないかという精神的不安と戦いながら)相当な努力をなし、かつ、莫大な時間を要することになります、そして大半はポスト獲得に至らないというのがあまり語られませんが現実でもあります。
私の経験及び私の周辺の経験、大学教員になって以降の個人的な情報収集等で感じるのは、社会科学系で一定程度の努力をすればポスト獲得がそれ程困難ではない専門分野であっても、指導教授は研究者志望の院生に対しては、上記のような事実を伝えないことが間々あります(先輩クラスだと、良心的な方が現実を教えてくれることも多いですが)。それどころか、一生ポストが見つからないかもしれない、格調高い論文が10本以上必要等、ハイレベルな要求をするのです。大学教員特有の変なプライド・傲慢な態度によるものと思われますが、そのような行為は決して容認できません。
専門分野の決定方法(結論)
若干、横道に逸れましたが、自らの専門分野をどのように決定すべきなのでしょうか。
まず、自分の興味・関心のある分野であるべきです。その上で、ポスト獲得の困難さがどれほどであるのかを自分なりに調べましょう。良い悪いは別として、一般的に金銭・健康問題と密接な関連のある分野は社会から需要があるので、大学での専任教員ポストも多いという現実があります(その是非は別として)。この現実をふまえた上で、仮に自分のやりたい分野がポスト獲得が容易ではない分野であると判明すれば、自分のやりたい分野を専攻しつつ、金銭と密接な関連のある分野と絡める、複数分野での評価がなしうる研究をする(つまり、A分野の論文ともB分野の論文とも2つの分野から評価される論文を書く等)、分野と分野の狭間の領域を開拓する(いわゆる学際領域)等の手法が考えられます。
研究者を志望する皆様、上記の文章はあまり触れられることのない内容を含んでいますが、自らの経験及びその後の大学教員生活で明らかになった重要な内容と思いますので公開しました。ご参考まで。
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